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赤朽葉家の伝説
桜庭一樹 著/東京創元社 私が2連続でさんざん否定をした桜庭一樹。もう読まない宣言から舌の根乾かぬうちに3作目を手に取る私…。 よほどのドMか悪食かと思われるかもしれないけど、いや言い訳を。 桜庭一樹、微妙!という見解で私と一致している方が、『赤朽葉家の伝説』はまあまあよかった、と言ったからです。 私も正直彼が桜庭一樹にまた手を出したと聞いて、なんと勇敢な(笑)と思ったのですが、まあその方はとてつもない量の本を読むので、食わず嫌いはせずにチャレンジしてみるのでしょう(食わず嫌いというか、この場合は普通に食って嫌い、か)。 そして、彼におすすめされて(無論自分では買わずに)借りて読んでみました。 ************************************************** ※ネタバレ率低いとは思いますが、物語の終幕辺りまで触れています。 不思議な先読みの力を持った万葉は、捨てられていたところを若夫婦に拾われます。 特殊な技能を持つ一方で文字が読めなく、また容姿が他人と異なる万葉は、いじめられながらも大人へと成長。 ある日、赤朽葉家という名家の奥さんに息子の嫁にと見初められ、嫁に行くことに。 そこで万葉を待っていたのは、周囲の人間や自分の子どもたちにかかわる数奇な運命だった…。 まず端的にこの書の評価からいうと、私が以前読んだ2作よりは遥かによい、です。 ただ比較してなので、この先私がこの人の他の作品を読みたいかというと、たぶんまあ読まないでしょう。 『私の男』で指摘した、男の描写と子どもの心理描写が下手問題。 これはクリアされています。 だってほとんど少女以降の女性しか出てこないから。 まあ、下手なら描かなきゃよいのです。 『少女には向かない職業』で指した、ライトノベル臭。 これはけっこううまく昇華されました。 ライトノベルのタッチを用いて、軽さを面白味に変える手法としては成功したのではないかと思います。 そういった手法は私はあまり好きではないのですがね。 では何が気に食わないのか。 2/3くらいまでは万葉の人生で、それ以降は万葉の孫の話なのですが、とりあえず2/3くらいまではまあそこそこ読めました。 ただね、やっぱ下手なんですよ、この人…。 プロットはまあ2/3くらいまではよし。 万葉と万葉の娘毛毬の波瀾万丈人生記。 でも描き方が稚拙。 万葉の幼少期って、作者は当然まだ生まれていない時代を描いているんですが、ただ時代背景をどっかの資料集から拾ってきたのか?といった感じに羅列。 社会の教科書の年表を見ているかと思いましたよ。 ただ表層だけその時代に合わせてるように見せても、本質的な人間描写、時代描写が失敗していれば、全然その時代にそぐ合いませんよ、桜庭さん。 また、万葉の先読みの力もなんだか中途半端。 この能力、必要なんですかねー…。 昭和初期の迷信や差別が根強く残る山間の土地、という雰囲気を出すためだけに後付けされたのでは、と感じるくらいの無意味さ。 それもこれも、彼女がもっと上手なら必要ないわけですね。 さらに、問題は残りの1/3。 万葉、毛毬が既に死に、孫の瞳子が主役となって、ここからいよいよミステリー部分となるんですが、いかんせんお粗末。 あ、そうそう、この本ジャンル的には“ミステリ”なんですってよ。 日本推理作家教会賞をとっていますし。 けれど、冒頭2/3はまったくミステリらしからぬ、女の波瀾万丈記。 「おしん」みたいな感じです。 読みながら「どこがミステリ…?」と思っていたら、残りわずかになってやっと出てきました。 ところが、やっと出てきたにもかかわらず、これは酷い出来。 さんざん引っ張ってオチはそこ!?と納得できない感が後味悪ーく残って終了です。 桜庭さん、ライトノベル作家に戻ってはいかがですか? ミステリ作家としては技量が圧倒的に足りていませんよ? 昨今ケータイ小説なんかが持ち上げられる時代なので、一概に下手=作家失格というものではないのかもしれませんが、だからこそ賞をもらって一般的に評価されるような作家には、もっと高い水準を保っていただきたいものです。
ルポ 貧民大国アメリカ
堤未果 著/岩波新書 サブプライムローン問題が取りざたされて、実はとっくにアメリカの経済って破綻していたんだなー、と経済に(相当)疎い私ですら感じている昨今、アメリカのみなさまはいかがお過ごしでしょうか。私はアメリカにあまり興味がありません。 そりゃ、戦争や経済や、さまざまなことは日本国民にも影響するけれど、それってどこか自分とは遠い出来事で、あまり身近に感じられないのが人間です。 そうではなく、私の場合もっと単純に、アメリカの文化、音楽、絵画、映画、生活、思想、宗教、食物、ファッション…そういったごくごく世間一般に氾濫しているものすら興味がありません。 たとえば、音楽であれば、ほとんど邦楽しか聴かなくて、洋楽で持っているCDって、エアロスミスとジャミロクワイくらい(あまりにメジャーすぎる2つ)。 しかもジャミロクワイはよく考えたらイギリスだし。 絵画はあんな歴史がない国の近代美術には惹かれないし、映画もいわゆるハリウッド超大作はそんな好きじゃないし、っていうか映画自体そこまで見ないし、生活様式なんて所詮移民の国でそんな確固たるものがあるわけじゃなし、宗教は私の大嫌いなキリスト教だし、食物は言わずもがな、ファッションもアメリカのファッションってどんなのだかようわからん。 よって、NYに留学する人や旅行に行く人すら、その気持ちがわからないのです。 無論魅力を感じる人には感じられるだろうけど、私の趣味には合わないというか…。 ちなみに、キリスト教について少し横道それて言うけれど、まあキリスト教が、というより私は宗教自体があまり信頼できなくて、あえていうなら神道の多神教ぶりが好きです(信仰している、というものではないけれど)。 神道の日の神、水の神、というのは自然だと思うけど、キリスト教にてあんなよくわからんユダヤ人を神として祭り上げているのがいやです。 所詮人間じゃーん。 あと、偉そうなことぬかしながら人バッサバッサ殺したり、同じ宗教内の宗派で争ったり、それって宗教の意味があるの?と思うから、それもなんか「胡散臭い」と思う理由の1つです。 イスラム教もテロが云々とか以前に、宗教として受け入れられません。 唯一神であるところやジハード、女性に対する不当な差別とか…まあとにかく、単純に宗教が好きではないってことかもしれません。 で、なんでこんな執拗に宗教について書いているかというと、アメリカの貧困と現在の戦争は密接な関係がある、とこの書で述べられているからです。 ********************************************* ※この書の信憑性や真偽などには触れません。だって私経済詳しくないからわかんない(笑)。 日本なんかよりよっぽど明確に“格差社会”であるアメリカ。 貧困故の肥満。 “民営化”によってもたらされる悪循環。 中流家庭を借金地獄に突き落とす莫大な医療費。 学資ローンの罠。 “戦争”という仕事。 これら、アメリカが現在抱える貧困問題の正体を、ルポという形式であぶり出したのがこの書です。 まず、アメリカの貧困層がなんで太っているか。 これはなるほどなー!という感じでした。 貧しいため、安くて高カロリーのインスタント食品しか食べられないからなんだそうです。 日本における貧困層って、今は知りませんが、少なくとも昔は雑草、雑穀しか食えずガリガリ、みたいなイメージなのですが、アメリカの場合は安い食品が栄養価の低い高カロリー食ばっかりなので、肥満になるというのです。 金がないからって毎日3食カップラーメン食ってたら太った、みたいな感じですかね…。 それでもって学校給食もコスト削減のため、マッシュポテト&チーズマカロニみたいなとんでもない高カロリー食を提供。 …日本の給食なんて(多少まずかったりもするが)栄養価的にめちゃくちゃ恵まれてますよ? 給食費払わない馬鹿親はこの本読んで心を入れ替えなさい。 また、医療費は日本みたいに国民健康保険があるわけではなく、民間の医療保険に加入、もちろんお金がない人は無保険。 入院費が高すぎて、出産したその日に帰ったりするそうです。 さらに保険に加入していても民間なので、あーだこーだといちゃもんつけられて結局降りないケースも。 よって1回の病気で借金まみれになることもよくあるんだそう。 …よかった日本で。 とくに持病持ちの自分は、保険がなかったら生きていかれません。 どこが悪いんだか知らないけどサロン代わりに病院に入り浸りくっちゃべってるくせに、後期高齢者医療制度反対!とか元気にデモやっている老人はアメリカにいけばいいと思うよ。 自分らがあぐらかいているのは自分のかわいい子どもや孫の上だってことわかってるんですかね。 老人が多すぎるんだからだれかががんばって支えなきゃいけない、その負担を子孫に負わせて自分だけ楽しようってか。 そして、“戦争”というビジネスと貧困層の問題。 学資ローンで首が回らなくなった学生を借金チャラにしてやるから軍隊に入りなよ、とかうまいこと言ってイラクに派遣。 医療費借金に苦しむワーキング・プアにいい仕事あるよ!と言ってイラクで物品を搬入するドライバーを確保。 彼らにとって戦争は、もう“聖戦”や“粛正”なんかではなく、ただ借金を返すための“仕事”。 にもかかわらず結局借金を減らせず、帰国後はその過度なストレスや戦争による負傷等からPTSDを発症するケースも。 では雇う側にとって戦争は何か?といえばビジネス。 宗教観の違いやテロへの報復、いろんな思いが絡んでいたはずの戦争は、どちらにとっても単なるビジネスでしかないわけです。 にもかかわらず、それによって受けるダメージはあまりにも大きいのです。 じゃあ、結局なんのための戦争だ、崇高な使命などありはしない。 イスラム側が自分らの信仰を守るための“ジハード”と称して始まったこの戦争の正体が、結局これ。 じゃあ、戦争って? 宗教って?となんとも虚しい気持ちにさせられます。 オレオレ詐欺に引っかかる人間は馬鹿だ、あれだけ注意喚起しているのに。 ねずみ講に引っかかる人間は思慮が浅く、浅ましい人間だ、あんな見え見えの手に引っかかるなんて。 そう思っていたし、この書に出てくる人々はそれこそねずみ講のようにうまい話の裏も考えずにのって馬鹿を見ているようにも感じられます。 けれど、人間追いつめられるとそんなものかもしれません。 いや、わかっていてもそれ以外縋るものがないのかもしれません。 とにかく、このアメリカの状況は、あまりに解決策が見えないようで、恐ろしいです。 そして、 ア メ リ カ に は 住 み た く な い と心底思いました。 まあ、もともと興味がないですけどね。
ドン・キホーテ
セルバンテス 著 牛島信明 訳/岩波少年文庫 「ドン・キホーテ」といえば、私の中ではNHK「みんなのうた」の楽曲「ドン・キホーテ」です。年がばれるがドンピシャ世代です。 どんな歌だったかはあまり覚えていないのですが、風車をバックに馬で闊歩するドン・キホーテの切り抜きみたいなアニメがついていたような気がします(違うかも)。 なんだか検索してもあまりヒットしないので、不人気ですぐにOAされなくなってしまったのでしょうか…。 まあ、それはともかく、私の中のイメージはそれで、なんだか勝手に「ドン・キホーテ」って愉快で強くてかっこいい感じなのかな?と思っていました。 が、よもやこんな話だったとは…。 *************************************** 騎士道物語の読みすぎで常軌を逸したアロンソは、ある日自らを「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」と名乗り、やせこけたロバに乗り、頭の足りないサンチョを従者に従えて旅に出る。 そもそも私はこの初期設定を知らなかったがために、初っ端の初っ端で、 ええええーーー!!?こんな話だったんすかーーーーー!!!!??? とかなり度肝を抜かれました。 勇敢な騎士の話だったんじゃないんかい!と開始2ページ目にして愕然。 いや、私が無知だっただけですけどー。 「みんなのうた」でもそういう滑稽さを描いていたのでしょうが、なにせ子どもですから、ドン・キホーテの常軌を逸した行動は、単純に勇敢な行為として私の目に映っていたのかもしれません…。 ドン・キホーテはかなりの狂人なのですが、何せ騎士道物語にのっとっって行動する狂人なので、そこんとこかなりとんでもない方向にいきます。 ・風車を巨人と間違えて突っ込む。 ・羊の群れを軍隊と間違えて突っ込む。 ・何の罪もない人に濡れ衣を着せて突然切り掛かる。 ・宿屋を城、宿屋のメイドを姫と間違えて襲う。 ・鍋を兜と間違えて強奪したあげく被る。 ・友達の学士に気付かず彼と戦い、うっかり勝ってしまう。 ・ライオンと戦うといっていやがるライオン使いを脅し、檻を開けさせる。 ・友達の学士に気付かず彼と戦い(2回目)、負ける。 ……ひどい…。 ひどすぎる。 いや、風車や羊くらいはいいさ。 狂人だもの。 突然切り掛かるとか通り魔もいいところだし、メイドを襲うとかほとんど強姦未遂だし、鍋とか略奪だし、ライオンとかほんとテロ行為だし! これ、騎士道とか狂人とかいう問題ではなく、完全に犯罪者だろ。 その兜かっこいいな、だからよこせ!ってあんたジャイ◯ン…。 なんか、滑稽とか通り越して、苛つかされるんですけど。 さらに、従者サンチョの愚行ぶり。 サンチョは頭が足りないとはいえ、狂人ではない分、ドン・キホーテよりは真っ当?なのですが、彼もまた酷い。 ・そもそも旅についていったのは、領主にならせてやるというドン・キホーテの口車にのったから。 ・ドン・キホーテに倒された人々の懐を漁る。 ・主人にただの百姓女を姫と信じ込ませようとする。 …なんだこの小悪党。 普通、頭足りないキャラって憎めない感じの愛すべきキャラじゃないのか? 頭足りなくて狡い小悪党とか、ほんと読んでて不愉快なんですけど…。 というわけで、「ドン・キホーテ」はただただ不愉快、苛つかされる作品でありました。 そもそも洋物の「滑稽さ」や「ジョーク」は日本人にとって肌が合いませんね。 「みんなのうた」のイメージのままでいればよかった…。 # by hanazakura_81 | 2008-06-14 01:48
忙しくて本読む暇もなければレビュー書く暇もない…。
本をもともと家では読まない派でいつも電車のみで読んでいるのですが、忙しい→寝不足→電車の中で寝る、で読めてないのですよ…。 最近読んだり見たりしたものを忘れないようにメモしておく。 いずれちゃんと書くかも…。 ・ドン・キホーテ セルバンテス 著/牛島信明 訳/岩波少年文庫 ・初恋限定2巻 河下水希/集英社 ・GANTZ23巻 奥浩也/集英社 ・天元突破グレンラガン GAINAX あと読みたい本もメモしなきゃ、忘れる…。 でも眠い。 電池切れです。
ぼくたちのアニメ史
辻真先/岩波ジュニア新書 (アマゾンレビューの長い版です)この書は、アニメの黎明期から制作に携わり、ジャパニメーションの一時代を築くのに大いに貢献した辻氏が、自分のかかわってきたアニメに始まり近年のアニメまで手広く語ろうという試みのものです。 岩波“ジュニア”新書であるけれども、ルビが多くふられている以外はさほど子ども向けに書かれているわけでもないので、大人が読むには耐えられない、といった類いのものではありません。 むしろ、取り上げられている作品を考えれば、50代の人でもいけるかもしれません(ただし一部のみ)。 ただ、「アニメ史」として見るのであればこの本は失格だと思います。 作者の思いのままに時系列はとぶわ、取り上げる作品は偏っているわ、およそ“史”らしくはないです。 まず、話の飛躍から触れると、著者もそれは自覚しているようで、「話がとんでしまった」など随所ではたと我に返っているようですが、それにしても飛び過ぎ。 しかも、その飛び方が「この系譜がのちの◯◯に受け継がれ…」といった飛び方ではなく、「この時仕事を一緒にした◯◯さんはその後××を作った人だ。そういえばそのとき制作チームに入っていたのはかの有名な△△を後に撮る◎◎さんで…」という、おじいちゃんの連想ゲーム状態。 そのうち「あ〜あれだよあれ。そうそうあれなんだよな〜」とか言い出さないか不安になるくらいなものですよ。 また、取り上げてる作品の偏りぶりを語るのであれば、たとえば「セーラームーン」は「ひみつのアッコちゃん」や「魔法使いサリー」の流れをくみ、 かつ「闘う女の子」の新境地を開拓したアニメであったと思うのだけれど(個人的な好き嫌いを抜きにして)、 名前すら挙がらりません。 多分著者にとって思い入れがない、もしくはあまりかかわっていない作品だからなのでしょうが、これはさすがに外してはいけないような気がします。 その他、「セーラームーン」に限らず、忘れ去られている作品がけっこうあるような気がします。 私がとくに感じたのはポケットモンスター、ちびまるこちゃんあたりですかね…。 ポケットモンスターは本当にかる〜くあのピカチュウ光線の話に触れているけど、それって本質の話ではないですからね。 ゲーム+コロコロマンガ+アニメという大ヒットの構図が見えやすい、アニメ史の変遷を知る上では格好の題材だと思うのですが。 もちろんエヴァやAKIRAレベルのものにはちゃんと触れられていますが、それもなんだかどうもちぐはぐというか、あまり彼自身が思い入れがないような感じがします。 たとえばエヴァンゲリオンに「エヴァン」なんて略称を使っていますが、「エヴァ」が一般的であるし、たとえ彼がそう略して呼んでいたとしても、「かのエヴァンゲリオンが…」といったような文中であからさまに一般的ではない「エヴァン」を使うなんて! 実はあまりよく知らないか、逆に「私だってこういった最近のアニメを熟知しているぞ」という下手なアピールに見えてしまいます(レイのマウスパッドを使っているなんて小ネタは逆効果だ)。 それ以外は随所に出てくる「俺だって年寄りだけどちゃんとあのアニメも見てるゼー」的知識のひけらかしが若干気になります。 ドラゴンボールでは「ジャンプ得意のトーナメント形式で…」と書いているけど、どちらかというと、「ドラゴンボール」がトーナメント形式の人気を決定づけた元祖では?と思うとこの表現はなんか違います。 また、やたらと「銀魂」がお気に入りのようで名前を出していますが、あれは別に「アニメ史」として見た場合史上に残るような作品ではないので、作者個人の趣味で登場させるべきではないはずです(「銀魂」よりは「ワンピース」の方がまだアニメ史には残る気が)。 なのにしょっちゅう出てくるのは、まあ実際に彼が好きなのでしょうが、それよりも「年寄りだけど今若い子に人気の『銀魂』だって好きで見てるんだぜー」的アピールの意味合いが強いんじゃないかと思います。 そして、さらにはなんだかどんどん(無駄に)マニアックな方へ。 まあ、それはそれでアニメ史の一端ではあるからよいのかもしれませんが、ここら辺で宮崎駿作品とかドラえもんとかが好きでうっかりこの書を手に取ってしまった中高生は完全においてけぼりでしょう。 最初はそれこそ黎明期の話をしているんですから、当時のアニメの作られ方や裏話を普通に楽しく読めたはずですが(当然マニアならずとも知っているタイトルばかりでしたし)、もうこの辺は非ヲタお断り。 GONZOやBONZと聞いてピンとくる人以外、もう何を言っているんだかわからないのじゃないかと思います。 ちなみに私は非ヲタとは言いがたいがヲタともいえないというなんとも中途半端な位置の人間ですが、出てくる作品の1/3近くは知りませんでした。 とにかく、いろいろな意味で、アニメ“史”として正しく歴史を追えたような気がしない。 年取ったアニメマニアのエッセイ的なものとしてはアリ、というか、その黎明期の話なんかはけっこういいので、若者に媚売って最近のアニメの話なんかせず、それこそ古い作品について大いに語ってくれたらよかったのに…。
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